信心即生活

成仏は持つにあり 四条金吾殿御返事 P1136 苦難の時こそ信心を貫け

本文

此(こ)の経(きょう)をききうくる人は多し、
まことに聞き受くる如くに
大難来(きた)れども
憶持不忘(おくじふぼう)の人は
希(まれ)なるなり、
受(う)くるはやすく持(たも)つはかたし・
さる間成仏は持つにあり

通解

法華経を聞いて受持する人は多い。しかし、聞き受けた通りに、実際に大難が来ても、法華経を常に憶(おも)い持って忘れない人は、まれである。受けることはやさしいが、持ち続けることは難しい。しかしながら、成仏は持ち続けることにある。この法華経(御本尊)を持つ人は必ず難に遭うのだと心得て持つべきである。

解説

法華経を持つ人は難に遭うが、信心を貫けば必ず成仏できるとの原理を示された御手紙です。

文永12年(1275年)3月6日、日蓮大聖人が54歳の時に身延で著されました。当時、四条金吾は主君や同僚から怨まれるなど、苦難に直面しており、ついに弱音を吐いてしまいました。

「法華経を持つ者は『現世は安穏で後には善い処に生まれる」と聞いて信心をしてきたのに、どうして自分には、大難が雨のように降りかかってくるのだろうか」(P1136 通解)

大聖人は、金吾に対し「求羅(ぐら)」のたとえを引かれます。求羅は想像上の虫で、その身は極めて小さいのですが、風を受けると非常に大きくなり、一切を飲み込むといいます。

大聖人はこの御手紙の中で「大風吹けば求羅は倍増するなり」と仰せになり、法華経の行者にとって「大難」こそ「求羅」のように自分自身を倍増させる大風であると示されています。

法華経の行者は、大難と戦えば戦うほど、ますます生命力が増し強くなる上に、福運も増します。

一切を変毒為薬しながら自身を大きくし、大境涯を開いていけます。だからこそ大聖人は「難に値(あ)うべしと心得て持つなり」と金吾に覚悟の信心を促されました。

池田先生の言葉

「金吾は『大聖人に直結』していたからこそ、信心を貫き、勝利することができた。苦難のたびに、いただいた御書を拝しては、勇気と確信を新たにしたであろう。そして仰せの通りに実践することによって、自身の大難をも乗り越えた。他の門下も同様であろう」

成仏は持つにありです。難を乗り越えて、信心を貫いていくところに成仏があります。

いかなる難が競い起ころうとも師匠に直結して祈り、戦えば、恐れるものは何もありません。